アート デザイン 工芸 民藝 ミュージアムにまつわるインタビュアー・ライター・企画編集・コラムニスト

Naomi

Naomi

ライター

Articles (1)

東京、2023年に行くべきアート展

東京、2023年に行くべきアート展

タイムアウト東京 > カルチャー > 東京、2023年に行くべきアート展 江戸時代の日本美術から印象派の傑作まで、2023年もさまざまな展覧会が行われる。ファッション界からは「ディオール」や「イヴ・サンローラン」のようなハイブランドを特集した大規模な展示、「愛」をテーマにした「ルーヴル美術館」のコレクション展などだ。 そのほかにも、今年はアンリ・マティスやデイヴィッド・ホックニー、アントニ・ガウディなど巨匠たちのアートが堪能できる。 アートは実際に観ると感動もひとしお。ぜひ、美術館やアートギャラリーに足を運んでほしい。ここでは、カレンダーに書き込んでおくべき展示を紹介しよう。 関連記事『東京、無料で入れる美術館・博物25選』『東京のベストパブリックアート』

News (56)

モダニズムと日本の美の共通項を見いだした茶室研究の第一人者、建築家・堀口捨己の回顧展が開幕

モダニズムと日本の美の共通項を見いだした茶室研究の第一人者、建築家・堀口捨己の回顧展が開幕

湯島の「国立近現代建築資料館」で、企画展「建築家・堀口捨己の探求 モダニズム・利休・庭園・和歌」が開幕した。 近代日本を代表する建築家の一人である堀口捨己(ほりぐち・すてみ、1895~1984年)は、日本国内で最初の本格的な近代建築運動「分離派建築会」結成時に中心となり、近代建築を日本へ導入した人物。その一方で、伝統的な数寄屋建築や茶室の研究などでも功績を残し、歌人としても知られた。本展は、数多くのオリジナル図面や初公開の資料群から、堀口の生涯にわたる活動を紹介する初めての回顧展だ。 Photo: Naomi展示風景 欧州各国で近代建築を視察、「紫烟荘」など代表作の設計につながる 時系列に沿って4つのテーマで展開する本展の冒頭では、1920年に結成した「分離派建築会」に関する貴重な写真や紙資料、欧州各国で近代建築を視察した旅についてなど、1920年代の出来事を中心に紹介する。 Photo: Naomi「1. 分離派建築会と表現主義の影響 1920-1929」の展示風景 特に、1年近くにわたってオランダ、ベルギー、ドイツ、チェコなどを巡った欧州への旅は、堀口の建築デザインにおいて大きな転機となった。公共施設だけではなく、市民が暮らす一般的な住居や集合住宅にも優れたデザインの建築物が多いことが印象に残ったという。 Photo: Naomi「1. 分離派建築会と表現主義の影響 1920-1929」の展示風景 帰国後の1924年、オランダ表現主義を中心とする近代建築についてまとめた書籍『現代オランダ建築』を出版しているが、本展では、書籍に掲載された貴重な写真などの資料も多数を展示する。また、アムステルダムの博物館「ミュージアム ヘット シップ(Museum Het Schip)」が制作した、堀口の紹介映像なども上映されている。 Photo: Naomi「1. 分離派建築会と表現主義の影響 1920-1929」の展示風景 1930年代の堀口は、建築と庭園のデザインを一体的に融合させた個人住宅の設計を手がけるようになる。さらに1950年代にかけては、近代建築運動の主流となった白い箱型で非装飾・非対称性、機能性を重視する「国際様式(インターナショナル・スタイル)」を実践した建築も数多く実現させた。 残念ながら当時の建築物は、オランダの建築を取り込んだ代表作「紫烟荘(しえんそう)」も含めほとんど現存していないが、本展では、オリジナルの設計図面や当時の写真などを通して知ることができる。 Photo: Naomi「2. 国際様式への傾倒 1930-1939」の展示風景 堀口が実測調査した茶室を原寸で再現展示 国際様式の建築を実践していた1930年代後半から1950年代にかけては、堀口が数寄屋建築や茶室の研究に並行して取り組んだ時期とも重なる。茶の湯を「生活構成の芸術」と評し、茶室と露地、道具や床の間、茶を喫する人々の所作などが調和して生まれる美に大きな関心を寄せ、やがて茶室研究の第一人者となっていく。 Photo: Naomi「3. 「日本」の探求 1936-1958」の展示風景 欧米の近代に学ぶ風潮が全盛だった当時、アシンメトリーや不完全な状態、素材や自然の中に美を見いだす日本文化や日本的なものと、西洋文化やモダニズム建築に、通底する要素を見出そうと模索を続けた堀口の姿勢は、特筆すべきものだろう。 物資統制や建築に関わる制限が深刻化した太平洋戦争中は、設計活動もままならず、茶の湯や茶室研究にますます傾倒する。織田信長の弟、織田有楽斎が建てた
世界が熱狂したビートルズの素顔と日常、ポール・マッカートニー写真展が開催中

世界が熱狂したビートルズの素顔と日常、ポール・マッカートニー写真展が開催中

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)自らが撮影した、約250枚もの写真を展示する展覧会「ポール・マッカートニー写真展 1963-64~Eyes of the Storm~」が、六本木の「東京シティビュー」でスタートした。 2023年にロンドンの「ナショナル ポートレート ギャラリー(National Portrait Gallery)」のリニューアルオープン記念展として開催され、アメリカでの巡回展を経て、ついに日本に上陸。待ち望んでいたファンも多いことだろう。 Photo: Naomiエントランスの展示風景 ©︎1964 Paul McCartney under exclusive license to MPL Archive LLP 日本でのみ展示されるビートルズ4人のブロンズ像は必見 開幕に先立って行われたプレス向けの内覧会では、本展のキュレーターで、ナショナル ポートレート ギャラリー共同学芸部長のロージー・ブロードリー(Rosie Broadly)が登壇し、本展開催に至るまでのさまざまなエピソードを明かした。 Photo: Naomiナショナル ポートレート ギャラリー共同学芸部長のロージー・ブロードリー 驚くことに、展示されている写真のほとんどが、ネガやコンタクトシートのまま長らく保管されてきたもので、これまで一切公開されてこなかったという。「写真の選定から、会場レイアウトに合わせた壁の色や手書きの文字、額縁のセレクトまで、展覧会準備のさまざまなプロセスに、ポール自らがとても協力的に関わってくれた」とブロードリーは笑顔で語った。 Photo: Naomiエントランスの展示風景 ©︎ 1964 Paul McCartney under exclusive license to MPL Archive LLP さらに、日本会場のみで展示されるビートルズ4人の貴重なブロンズ像も見逃せない。手がけたのはイギリスの彫刻家デイヴィッド・ウィン(David Wynne)だ。1964年の「オランピア劇場(L'Olympia)」公演を行うためにパリに滞在していた、制作当時の4人の写真も展示されている。 ブロンズ像は、当初マネジャーだったブライアン・エプスタイン(Brian Epstein)がコレクションしていたものだという。残念ながら著作権の都合上、作品画像の掲載ができないため、会場でじっくりと鑑賞してほしい。 Photo: Naomi展示風景 ©︎1964 Paul McCartney under exclusive license to MPL Archive LLP ともに世界各地を旅しているかのようなスナップの数々 本展で展示されているのは、今から約60年前の1963年12月から「エド・サリヴァン・ショー」でアメリカに凱旋(がいせん)した1964年2月までの約3カ月間の記録だ。1962年にデビューした後、瞬く間に世界的なスターとなったビートルズの絶頂期と重なる。 Photo: Naomi『On tour in London 1963』の展示風景 ©︎1964 Paul McCartney under exclusive license to MPL Archive LLP 本展は、ほぼ撮影された時系列に沿って展開していく。ロンドンやリヴァプールで撮影された写真からスタートし、パリ、ニューヨーク、ワシントンD.C、そして休暇を過ごしたマイアミと、世界を転々としていた彼らの旅に同行しているような気分が味わえるだろ
東京、8月に観るべき建築展3選

東京、8月に観るべき建築展3選

建築好きなら夏期休暇を利用して、有名建築を見学しに各地を訪れた経験があることだろう。しかしながら昨今の猛暑を考えると、東京にいながらにして涼しい美術館やギャラリーで建築の世界に浸るというのも一つ手かもしれない。 ここでは、リニューアルを控えた「練馬区立美術館」の改築も担当する建築家・平田晃久の個展や、建築事務所向けの紙製模型のプロジェクト「テラダモケイ」によるこれまでの取り組みを紹介する展覧会などを取り上げている。また、日本を代表する建築デザイン専門誌『GA JAPAN』が毎年開催している「現代世界の建築家展 INTERNATIONAL」も、建築ファンなら必見だ。  平田晃久 人間の波打ちぎわ (C) 平田晃久建築設計事務所練馬区立美術館・貫井図書館 模型 建築家の平田晃久(ひらた・あきひさ、1971年〜)がこれまでに手がけた、または現在進行形のプロジェクトを、未来への展望も踏まえて紹介する展覧会が「練馬区立美術館」で開催される。 平田は大阪に生まれ、1997年に京都大学大学院の建築学専攻修士課程を修了後、伊東豊雄建築設計事務所に勤務し、2005年に独立した。国内外での受賞歴を持ち、これまでに群馬県の「太田市美術館・図書館」や、熊本県の「八代市民俗伝統芸能伝承館」などを手がけた。 なお、会場の練馬区立美術館も平田による建て替えが予定されている。コンセプトは「21世紀の富士塚/アートの雲/本の山」。練馬に古くから存在する「富士塚」をテーマに、「美術と本」を街や人々とつなぐ場として構想されており、2025年度中に一時休館、2028年度に完成・開館の予定だ。 ※9月23日(月・祝)まで/10~18時(入館は17時30分まで)/休館日は月曜(8月12日・9月16日は開館)、8月13日、9月17日/料金は1,000円、65~74歳・学生800円、75歳以上・中学生以下無料 現代世界の建築家展 INTERNATIONAL 昨年INTERNATIONAL 2023展の様子 世界の建築デザインの潮流を探る展覧会「現代世界の建築家展 INTERNATIONAL 2024」が青山の「GA gallery」で開催。本展は毎年行われており、今年で32回目を迎える。 会場ではプレゼンテーションポスターのほか、模型、図面、映像などを通して、現代建築を代表する建築家24組による世界を舞台にした最新プロジェクトを紹介する。国内からは藤本壮介、隈研吾、SANAAの3組が登場。海外からはスティーブン・ホール(Steven Holl)、デイビッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)、クリスチャン・ケレツ(Christian Kerez)など計21組が名が連ねている。 世界の最新建築を垣間みては。 ※9月8日(日)まで/12時〜18時30分/料金は600円 テラダモケイ 1/100×100 TERADAMOKEI PICTURES 第1弾映像作品「1/100 SHIBUYA Crossing」 建築家でデザイナーの寺田尚樹と、紙器加工会社として60年超の実績を持つ福永紙工による紙製模型の協働プロジェクトとして2011年に発足した「テラダモケイ」。建築事務所向けの「1/100建築模型用添景セット」シリーズを制作して以来、「世界の都市編」「スポーツ編」「樹木編」など続々とシリーズ化し、毎月新製品を発表している。 「松屋銀座」7階の「デザインギャラリー1953」で開催される「テラダモケイ 1/100×100」では、これまでのテラダモケイの取り組みをはじめ
東京、7月に観るべきファッション展3選

東京、7月に観るべきファッション展3選

日本を代表するファッションデザイナー髙田賢三の没後初となる大規模個展をはじめ、2024年の7月はファッションにまつわる展覧会が盛況だ。 フランスのメゾン「カルティエ(Cartier)」が原宿に初めてブティックをオープンさせてからの半世紀を振り返る展覧会では、ファッションの世界にとどまらず「カルティエ現代美術財団」と協業してきた現代アーティストによる150点以上のアート作品も並んでいる。また、展覧会ではないので本稿では取り上げないものの、青山に新しくオープンした「化粧文化ギャラリー」もメイクや装いに関心のある人ならば一度は訪れてみてほしい。 髙田賢三 夢をかける Photo: Tomomi Nakamura 日本人デザイナーとして1970年代前半にいち早くパリへ進出した、ファッションブランド「KENZO」創設者、髙田賢三(1939〜2020年)が、初台の「オペラシティアートギャラリー」で開催される。没後初の大規模個展という点でも注目が集まっている。 ファッション界の常識を打ち破るスタイルを生み出し、「色彩の魔術師」と呼ばれることもあった髙田。そのクリエーティビティの変遷を、衣装の展示やデザイン画でたどることができるほか、幼少期からのスケッチや、アイデアの源泉となった資料、彼を支えた人々との交流を示す写真なども紹介する。 「木綿の詩人」と称賛され世界的に知られる存在となって以降も、「衣服からの身体の解放」をテーマに、日本人としての感性を駆使した新しい発想のコレクションを発表した。後進の日本人デザイナーが世界進出する道を開いた、偉大なるパイオニアの功績を再発見しよう。 ※9月16日(月・祝)まで/11~19時/入場は閉場の30分前まで/定休日は月曜(祝日の場合は翌日)、8月4日(日)/料金は1,600円、大学生・高校生1,000円/中学生以下無料 カルティエと日本 半世紀のあゆみ 「結 MUSUBI」展 — 美と芸術をめぐる対話 Photo: Tomomi Nakamura フランスを代表するハイジュエリー&ウオッチメゾン「カルティエ(Cartier)」が、上野の「東京国立博物館 表慶館」で、「メゾン」と日本を結ぶさまざまなストーリーを紹介する展覧会を開催する。 20世紀初頭に美術愛好家であったルイ・カルティエの時代から現代まで、「メゾン カルティエ」の作品がいかに日本からの影響を受けているか、また、1988年以降、日本で開催されてきたカルティエの展覧会を振り返りながら、その歴史を貴重なアーカイブピースとともに紹介する。 加えて、多くの日本人アーティストをヨーロッパに紹介してきた「カルティエ現代美術財団」の活動も紹介。澁谷翔が描いた絵画50点の連作をはじめ、村上隆や横尾忠則、荒木経惟、川内倫子、森山大道、束芋、宮島達男、杉本博司、三宅一生らの作品も展示予定だ。 カルティエが日本で最初のブティックをオープンしたのは1974年。カルティエジャパン50周年にふさわしい、貴重で豪華な展覧会となるだろう。 ※7月28日(日)まで/9時30分~17時(金・土曜は19時まで)/入場は閉場の30分前まで/定休日は月曜(7月15日は開館)/料金は1,500円、大学生1,200円/高校生以下無料 生誕100年 越路吹雪衣装展 画像提供:早稲田大学演劇博物館越路吹雪(撮影:松本徳彦) 越路吹雪(こしじ・ふぶき、1924~80年)は、宝塚歌劇団のトップスターとして活躍し、退団後は「シャンソンの女王」と呼ばれた伝説のスターだ。その生誕100年を記念した企画展が、東京
「もの派」から「触」へ、手ざわりを探求し続けた吉田克朗の初回顧展が開催

「もの派」から「触」へ、手ざわりを探求し続けた吉田克朗の初回顧展が開催

「もの派」と称され、1980年代には改めて国際的な注目を浴びた日本の美術家たちがいる。菅木志雄(すが・きしお、1944年~)、李禹煥(リ・ウファン、1936年~)、関根伸夫(1942~2019年)らの1960年末~1970年代半ばの活動は、半世紀がたってもなお注目を集め続けている。 Photo: Naomi左奥から『赤・カンヴァス・糸など』(1971~74年、埼玉県立近代美術館蔵)、『Cut-off (Paper Weight)』(1969年、2024年再制作)、『650ワットと60ワット』(1970年、埼玉県立近代美術館蔵) その中心的存在、かつ先駆者となっていた一人が、吉田克朗(よしだ・かつろう、1943〜1999年)。1970年代後半から晩年にかけてはさまざまな実験的手法に取り組み、自身の表現を探求し続けた美術家だ。55歳で没した吉田の初めての回顧展が現在巡回中だ。2024年6月30日に閉幕した「神奈川県立近代美術館 葉山館」に引き続き、7月13日からは埼玉・北浦和の「埼玉県立近代美術館」で開催されている。 Photo: Naomi埼玉県立近代美術館 本展では5つの章を通して、「もの派」を代表する初期の作品から1990年代後半の絵画の大作までを幅広く紹介している。多数の記録写真や未公開の資料も交えながら、約30年間の多様な創作活動の全貌に迫る展覧会だ。 埼玉県深谷市出身の吉田は、存命中から埼玉県立近代美術館での展覧会開催を望んでいた。吉田の遺志を受け、回顧展の機会は5年以上前から検討されていたという。吉田の遺族をはじめ、作品群と資料を管理している「The Estate of Katsuro Yoshida」、長年にわたり吉田を研究している「奈良県立美術館」の学芸課長・山本雅美らに加え、先行して巡回展を開催した神奈川県立近代美術館が、ともに数年がかりで準備を続け、没後25年を迎えた今年、念願の開催に至った。 初公開の制作ノートから浮かぶ「表現の模索」 「第1章 ものと風景と 1969-1973」の冒頭には、印象的な「触(しょく)」シリーズの作品群が並び、その奥に、吉田が遺した制作ノートの一部が初公開されている。著作権の都合で画像を掲載できないが、本展の展示室でぜひじっくりと目を通してほしい。 晩年まで書き続けられたという膨大な数のノートには、現存していないものも含む数々の作品について、素材・寸法などの構想や細かな制作プラン、図面などが描かれている。また、自身の表現を模索し続けた時期の思索や、当時の美術界や美術館への思いなども、気持ちのこもった筆致でつづられていた。 Photo: Naomi「第1章 ものと風景と 1969-1973」展示風景 なお、ほんの一部ではあるが、本展の開催に合わせて刊行された書籍『吉田克朗 制作ノート1969-1978』でも、細かな解説とともにノートの内容にじっくりと目を通すことができる。本展図録と併読すれば、吉田の創作活動により深くアクセスする一助となるだろう。 Photo: Naomi本展の図録や制作ノート、関連書籍などは、ミュージアムショップで購入可能だ。 「もの派」の動向の再検証、新たな表現の試行錯誤 1964年、多摩美術大学に進学した吉田は、戦後日本の前衛芸術家を数多く見いだした美術家の斎藤義重(さいとう・よししげ、1904〜2001年)の下で指導を受ける。卒業後は、同校の卒業生が集まっていた横浜市の共同アトリエで、関根伸夫や菅木志雄、小清水漸らと創作活動に取り組む。特に1968年に発表され
東京、7月7日に終了する見逃せないアート展3選

東京、7月7日に終了する見逃せないアート展3選

いつの間にか2024年も半分が過ぎ、夏休みを目前に控えた7月を迎え、東京の美術館も展示替えのシーズンになっている。訪れたいと思っていたのに、慌ただしく過ごしているうちに何となく行きそびれている展覧会もあるのではないだろうか。ここでは、今週末までに閉幕する注目の展覧会を3つピックアップして紹介する。 ブランクーシ展は日本の美術館での大規模展が初めて実現した点でも意義深い。国内外で再評価が高まる三島喜美代は、残念ながら会期中の2024年6月19日に逝去し、その訃報は多くのアートファンを悲しませた。注目の集まるホー・ツーニェンの初期作から最新作までを網羅的に紹介する展覧会もさることながら、同じ会場で開催中の「翻訳できない わたしの言葉」や「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展」も7月7日(日)までとなる。いずれも見逃せない展覧会ばかりだ。 ブランクーシ 本質を象る 画像提供:石橋財団アーティゾン美術館コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》1910-1911 年頃、石膏、 19.0×28.0×19.5cm、大阪中之島美術館(5 月12 日まで展示) 20世紀彫刻の新たな表現を開拓した存在といわれ、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)やイサム・ノグチ(Isamu Noguchi)らにも影響を与えた彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシ(Constantin Brâncuşi)。石こうの「接吻」(1907〜1910年)や「ポガニー嬢Ⅱ」(1925年)をコレクションする京橋の「アーティゾン美術館」で、待望の企画展が開催される。 パリでロダンに見いだされるも、早々に独立したブランクーシ。自身の故郷であるルーマニアの文化や、同時代に発見されたアフリカ彫刻などに触れ、洗練された独自のフォルムと、素材への探求を続けた。 「ブランクーシ 本質を象る」には、パリのブランクーシ・エステートが協力。国内外で所蔵されている彫刻作品、フレスコやテンペラなどの絵画やドローイング、写真作品など約90点を展示する。事物の本質を見つめ続けたその足跡をたどろう。 三島喜美代―未来への記憶 Photo: Keisuke Tanigawa「20世紀の記憶」 1950年代から70年もの長きにわたり、現代美術家として活動を続ける三島喜美代。2020年以降、受賞や展覧会が相次ぎ、国内以上に海外からの評価が急上昇している彼女の待望の大規模個展が「練馬区立美術館」で開催される。 これまであまり展示されてこなかった活動初期の油彩画などの平面作品から、1960年代以降の新聞や雑誌などをコラージュした作品や、1970年ごろの陶にシルクスクリーンで印刷物を転写した多様な立体作品や、1970年ごろの産業廃棄物を素材に取り込んだ近作まで、約90点が展示予定だ。 特に必見なのが、三島の代表作にして最大規模のインスタレーション「20世紀の記憶」(1984〜2013年)。本展のために、常設展示されているアートスペース「アートファクトリー(ART FACTORY)城南島」を初めて離れ、美術館内に展示される。20世紀の100年間から抜き出した新聞記事が転写された耐火レンガブロックが敷き詰められた展示室は、まさに歴史が迫ってくるような圧巻の光景だろう。 ホー・ツーニェン エージェントのA Photo: Keisuke Tanigawa「時間(タイム)のT」 シンガポール出身のホー・ツーニェン(Ho Tzu Nyen)は、映像やインスタレー
メイクや装いの文化と歴史を読み解く「化粧文化ギャラリー」が青山にオープン

メイクや装いの文化と歴史を読み解く「化粧文化ギャラリー」が青山にオープン

ポーラ・オルビスホールディングスが擁する、「化粧文化」に関する調査や研究活動などを行う「ポーラ文化研究所」が、新たな発信拠点である「化粧文化ギャラリー」を開設した。 青山通り沿いに新たに完成した「ポーラ青山ビルディング」の1階に位置し、約半世紀にわたって収集した文化資産と、研究で得た「化粧文化」に関する知見を、書籍の出版や、展示・ワークショップの開催などを通じて広く紹介していくという。 Photo: Naomiポーラ青山ビルディング ポーラ・オルビスグループといえば、文化・芸術・デザインを事業発展における重要なものとして位置付け、長年にわたり支援している企業だ。 2002年に箱根・仙石原に開館した「ポーラ美術館」は、クロード・モネ(Claude Monet)の「睡蓮の池」をはじめ、印象派の名作や明治期の洋画、現代アートなど約1万点を収蔵し、国内有数の規模と人気を誇り、海外からの来館者も多いミュージアムである。また、東京・銀座の「ポーラ ミュージアム アネックス」は、国内外の現代作家による展覧会などを幅広く開催していることでも知られる。 そして、ポーラ青山ビルディングにも新進気鋭のアーティスト、SHIMURAbros(シムラブロス)のパブリックアートが恒久設置された。SHIMURAbrosはドイツ・ベルリンを拠点に活動する姉弟ユニットで、現在は世界的アーティストであるオラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)のスタジオに研究員として在籍している。 Photo: NaomiSHIMURAbrosのパブリックアート Photo: NaomiエントランスにもSHIMURAbrosのパブリックアートが設置されている キーワードは「ART&BOOKS」、貴重な収蔵品の数々 1976年に設立されたポーラ文化研究所は、メイクやヘアスタイル、ファッションなど、人々の装い全般を「化粧文化」として捉え、学術的な探求を目的に、国内外の関連資料の収集保存・調査研究・公開普及に取り組んでいる。自社にまつわる内容にとどまらない調査範囲や、いち早く学際的な観点で研究を続けてきた姿勢からは、現在に至るまで先進的な活動であることが分かる。 大きな窓が開放的な明るいギャラリーは、数々の貴重な収蔵品を紹介する展示室と、それに連動したキーワードで膨大な蔵書の中から選書し紹介する書籍コーナーとで構成された「ART&BOOKS」がテーマの空間だ。 画像提供:ポーラ文化研究所「化粧文化ギャラリー」 展示室では現在、新たなスタートを切ったことにちなみ、「はじまり」をキーワードにした3つのテーマから「化粧文化」を紹介している。 2024年8月30日(金)まで開催される1期「化粧文化研究のはじまり」では、同研究所が設立初期に収集した「橘唐草紋散蒔絵婚礼化粧道具」と、化粧や身支度をする女性たちを描いた江戸時代の浮世絵などを展示。まるで摺(す)りたてかのように鮮やかな色彩が残る作品群からは、化粧道具やファッション、習慣などは大きく変化したものの、美しく装うことへの変わらない思いが伝わってくるようである。 なお、2期「化粧のはじまり」は、9月5日(木)~12月13日(金)に、3期「初化粧」は、12月19日(木)~2025年3月28日(金)に行われる予定だ(各会期中とも一部の作品で展示替えの可能性あり)。 Photo: Naomi「橘唐草紋散蒔絵婚礼化粧道具」(江戸時代後期、ポーラ文化研究所蔵) Photo: Naomi「化粧文化ギャラリー」の展示室 画像提供:ポーラ
イメージから広がる暮らしの中の美「五感で味わう日本の美術」が開催中

イメージから広がる暮らしの中の美「五感で味わう日本の美術」が開催中

日本橋の「三井記念美術館」で、どこか専門的で馴染みの薄い世界に感じられる日本の古美術を初歩から紹介し、親しみをもってもらおうというシリーズ展「美術の遊びとこころ」が、2024年9月1日(日)まで開催されている。 8回目となる今回は「五感で味わう日本の美術」と題して、絵画や茶道具、工芸品の数々を、人間が持つ五感をフル活用するように、イメージを広げて鑑賞する切り口で開催。夏休みと重なる期間でもあるので、家族や友人らと気軽に訪れてみるのもいいだろう。なお、本展は写真撮影が可能だ(フラッシュ、三脚や自撮り棒の使用、動画撮影は不可)。 触った感触や味を想像してみる おいしそうなカキやミカン、つやっとしたナスなどが展示スペースに並んでいる。近くでよく見てもリアルだが、実は硬い象牙で作られたもの。6つのテーマで構成された本展、最初は「Ⅰ.味を想像してみる」だ。これまで同館で企画展が開催される度に大きな話題を集めてきた、明治期以降の美術工芸品の数々が、本展でも展示されている。  Photo : Naomi安藤緑山『染象牙果菜置物』(大正〜昭和時代初期、三井記念美術館蔵) さまざまな色や形、素材が見て取れる食器の数々は、美術館に所蔵される以前には三井家で実際に使用されていたものばかりだ。季節や宴席の趣旨に合わせて用いられた、目にも美しいうつわや盃(さかずき)は、自分だったらどんな料理や場面で使おうか、と想像するだけでも楽しいだろう。 Photo: Naomi「Ⅰ.味を想像してみる」の展示風景 「Ⅳ.触った感触を想像してみる」のセクションでは、同館が名品の数々を所蔵していることで知られる茶道具を紹介している。見た目の美しさのためだけではなく、茶を点てる時に使う抹茶や水を入れたり、床の間に飾ったりと、茶席で使うことを前提に作られた品々だ。特に茶わんなどの焼き物では、釉薬(ゆうやく)のかかり具合や色、形などを「景色」と呼び、自然の風景とイメージを重ねる「みたて」を通して、唯一無二の美を愛でる習慣がある。 Photo: Naomi「Ⅳ.触った感触を想像してみる」の展示風景 ごつごつして使いづらそうでも、床の間に飾ると見事に映えるであろう花入れや、柳の枝を木工細工のように用いて作った、見た目にもユニークな水指(みずさし)、手に持ったときの大きさがちょうど良さそうな茶わんなどが展示されている。茶道に明るくなくても、手で触れ、使ってみたときの感触をイメージしながら鑑賞すると楽しめるはずだ。 温度を感じてみる、香りを嗅いでみる Photo: Naomi「Ⅱ.温度を感じてみる」の展示風景 日本の美術品には、古く大陸から伝わったものが、この国特有の暮らしの中で、飾って楽しんだり、実際に使ったりすることで変化してきたものが多い。四季の風景や動植物、年中行事にちなんだ意匠など、緻密な描写や高度な技術で表現されており、細かなところにまで作り手の思いがこもっているのは今も昔も変わらない。 「Ⅱ.温度を感じてみる」と、続く「Ⅲ.香りを嗅いでみる」のセクションでは、思わず目を閉じ、深呼吸したくなるような、四季の豊かな自然の風景が目に浮かぶような、また香りが漂ってくるような品々が紹介されている。 Photo: Naomi「Ⅲ.香りを嗅いでみる」の展示風景 これまでほとんど展示されることのなかったという、香道(こうどう)にまつわる貴重な品々は、特に注目したい。香道とは、香りのする香木に熱を加え、立ち昇る香りを鑑賞するもので、奈良時代に始まり、室町時代に成立した日本独自の芸道である
ミニマリズムを極めた先のタイムレスな美、「ポール・ケアホルム展」が開催中

ミニマリズムを極めた先のタイムレスな美、「ポール・ケアホルム展」が開催中

1950〜70年代に活躍した、20世紀のデンマークを代表する家具デザイナー、ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm、1929〜1980年)。石や金属などの硬質な素材の特性を生かしたミニマリズムを極め、洗練された名作デザインの数々を発表した。特に建築やデザインの分野で高く評価されてきた人物だ。 汐留の「パナソニック汐留美術館」で2024年9月16日(月・祝)まで開催している企画展「ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム」は、国内の美術館でケアホルムの仕事を初めて本格的に紹介する展覧会であり、半世紀を経てもなお愛される、彼の代表的な作品が一堂に会した貴重な機会である。 Photo: Naomi展覧会のエントランス 国内有数のデザインコレクションと建築家・田根剛のコラボレーション空間 本展で展示されているのは、北海道東川町が有する「織田コレクション」から厳選された約50点の家具。椅子研究家の織田憲嗣(おだ・のりつぐ)が長年にわたって収集したプライベートコレクションが基となっており、椅子約1400脚をはじめ、テーブルなどの家具や照明、食器などの日用品、関連書籍など、約2万点に上る国内有数のデザインコレクションである。 Photo: Naomi「Ⅱ. DESIGNS: 1951-1980 家具の建築家」の展示風景 会場構成は、パリを拠点に世界的に活躍する建築家の田根剛が手がけた。開幕前のプレス発表会に登壇した田根は、織田の教え子であるがゆえに、本展には個人的な思いもこもっていることを明かした。 また、かつて学生時代に北欧へ留学した経験を振り返り、同世代の学生たちの人間的な成熟ぶりに驚いたことに触れた。彼らのような人間が育つ北欧の社会や文化、歴史的な背景も踏まえながら、展示や会場の構成を考えたことを語っていた。 Photo: Naomi会場構成を手がけた建築家の田根剛 モノクロフィルムを鑑賞するようにデザインを読み解く 3部構成の最初のセクション「Ⅰ. ORIGINS 木工と工業デザインの出会い」では、ケアホルムがどんな人生を歩んできた人物なのかを、ターニングポイントとなった出来事や、ビジネスパートナーらとのエピソードを交えて紹介している。 デンマーク北部で生まれ育ったケアホルムは、画家になることを夢見ていたが、父の勧めで木工家具工房に弟子入りする。昼は家具職人の仕事を、夜は絵を描きつつ技術学校で学んだ。19歳で木工家具製作のマイスターの資格を取得し、さらにコペンハーゲンの美術工芸学校で工業デザインを学ぶが、ここで彼を指導したのが、ハンス・J・ウェグナー(Hans J Wegner、1914~2007年)だった。 Photo: Naomi「Ⅰ. ORIGINS 木工と工業デザインの出会い」の展示風景 そして、21〜22歳の若いケアホルムが卒業制作としてデザインしたのが、現代でも製品として販売され続けている椅子「PK 0」と「エレメントチェア(PK 25)」だ。彼がどれだけ先進的かつ天才的なデザイナーであったかを思うと、非常に驚かされる。 「エレメントチェア(PK 25)」には、最小限の要素で最大限の効果を作るという、ケアホルムのデザインの神髄が見て取れる。一方の「PK 0」は、たった2枚の合板から複雑な三次元曲面を作り出したものだが、考案当時の技術では量産化が難しかったという。 Photo: Naomi右から「エレメントチェア(PK 25)」(1951年、織田コレクション蔵)、左手奥の黒い椅子が「PK-0」(1952年、織田
美しき名刀の見どころが分かる「超・日本刀入門」展が開催

美しき名刀の見どころが分かる「超・日本刀入門」展が開催

重要文化財の建築を生かした美術館「静嘉堂@丸の内」で、特別展「超・日本刀入門 revive ―鎌倉時代の名刀に学ぶ」が、2024年8月25日(日)まで開催されている。 古墳時代から作られ、約1000年もの歴史を持つ日本刀は、武士の魂とも呼ばれる武器として、また美術品として長らく鑑賞されてきた。ここ10年ほどで熱烈な愛好家が急増し、その人気は定着しつつあるものの「見方が分からない」「どれも同じに見える」とも言われがちだ。 本展は、「入門」とタイトルに掲げられている通り、国宝や重要文化財を含む名刀の数々を通して、刀剣の種類、作り手や地域による特徴、鑑賞時に注目すべきポイントを丁寧に紹介する、待望の展覧会である。 Photo: Naomi展覧会エントランス 刀剣鑑賞の基礎知識をイラスト入りパネルで解説 4章で構成される本展。冒頭の「日本刀の種類」では、基本的な知識として、一見すると全て同じようにも見えてしまう日本刀の類別を、実物とイラスト入りのパネルで紹介している。 まず、「太刀(たち)」と「刀」、もしくは「打刀(うちがたな)」は、ともに打つ・斬る機能を持つものだ。見た目は似ているが、使用されるようになった時期や身に付け方が異なる。 平安時代から使われていた「太刀」は長さが70センチメートル台で、刃を下に向けて反らせ、左腰に下げて持つ。室町時代以降に登場した「刀」は約60センチメートル以上と「太刀」より少し短く、刃を上に向けて反らせ、着物の腰帯に差し込んでいたという。 Photo: Naomi1章「日本刀の種類」に展示されている「刀」(手前)と「太刀」 一方、少し短い「脇指(わきざし)」と「短刀」は、ともに突く・刺す機能を持つものである。どちらも刃の反りのない平造り(ひらづくり)で、「脇指」は長さ約30~60センチメートル程度、「太刀」や「刀」と一緒に持っていたものとされるが、「短刀」は長さ約30センチメートル以下で、「腰刀(こしがたな)」や「鞘巻(さやまき)」とも呼ばれた。 実物を見比べると、それぞれが全く異なり、各時代ごとの戦い方や持ち方に合わせて変化してきたことが読み取れるだろう。 Photo: Naomi水心子正秀(すいしんし・まさひで)作の「脇指 銘 水心子正秀」(1808年、静嘉堂蔵) 2章「名刀のいずるところ」と3章「きら星のごとき名刀たち ―館蔵の重要文化財」では、同館が所蔵し、国宝や重要文化財に指定されている9振(ふり)の名刀全てが、初めて一挙に展示。「日本刀の黄金時代」と呼ばれる鎌倉時代の名刀を中心に、平安時代から安土桃山時代に当たる1596年(文禄末年)以前に作られた「古刀」に分類される刀については、主要な生産地ごとの特徴や、鍛刀法に注目して紹介している。 Photo: Naomi2章「名刀のいずるところ」の展示風景 「刀身(とうしん)」と呼ばれる刀本体と、「打刀拵(うちがたなごしらえ)」や「糸巻太刀拵(いとまきたちごしらえ)」と呼ばれる、持ち手の部分である「柄(つか)」や、カバーのように刃を保護する「鞘(さや)」を並べて展示。それぞれ異なる細かな見どころを、イラスト入りのパネルで解説している。 初心者でも鑑賞のポイントが分かりやすいだけではなく、一つ一つの刀剣が当時の職人らによって丹精込めて作られた芸術品であることも伝わってくる展示だ。ただ欲を言えば、英語での解説が併記されていれば、海外コレクターの多い日本独自の刀剣文化が、より広く伝わる機会になっただろう。 Photo: Naomi2章「名刀のいずるところ」よ
誰もが作品に参加し、考え、楽しめる「日常アップデート」展が渋谷で開催中

誰もが作品に参加し、考え、楽しめる「日常アップデート」展が渋谷で開催中

「アール・ブリュット」(生の芸術)をはじめ、多様性や共生、インクルーシブの視点から、さまざまなテーマの企画展を開催している「東京都渋谷公園通りギャラリー」で、6人の現代作家が参加した展覧会「日常アップデート」が、2024年9月1日(日)まで開催されている。 つい見過ごしてしまいがちな光景や、何気ない体験、聞き慣れた言葉、どこかの誰かとの共同作業、その日の大切な記憶や事柄の記録、安心できるいつもの風景など、さまざまな観点で創作された作品を通して、日々ただ繰り返しているかのような日常の中で、少し立ち止まって考えるようなきっかけをくれる企画展だ。 Photo: Naomi「東京都渋谷公園通りギャラリー」外観 作品に触れる、一緒に創作する、体験しながらともに展示を作る 同ギャラリーは渋谷駅のハチ公改札口を抜け、公園通りの坂道を上ったエリア、「渋谷パルコ(PARCO)」の斜め向かいに2020年にオープンした。 普段から企画展に合わせて、数多くのワークショップやイベントなどを開催しているが、本展は夏休み期間とも重なることから、鑑賞者が能動的に展示に参加し、作品が変化していくようなしかけが、いつも以上に数多く用意されている。訪れた誰もが作品に触れたり、創作活動ができたりと、さまざまな体験ができる点が、本展の大きな魅力と言えるだろう。 Photo: Naomi宮田篤 「びぶんブックセンター」(右)と、関口忠司の書の作品 公園通りに面した交流スペースでは、宮田篤の 「びぶんブックセンター」と、関口忠司の書の作品が展示されている。宮田は2008年から、短い文章をもとに創作していく小さな本「微分帖」のワークショップを続けており、本展の壁にはこれまでに制作・収蔵された「微分帖」がずらっと並んでいた。 Photo: Naomi宮田篤 「びぶんブックセンター」の展示風景 会期中は、誰もが「微分帖」を作ったり、4コマ漫画のタイトルに合わせて漫画のコマを創作したりできるワークショップを随時体験が可能。また、詩人の向坂くじら(さきさか・くじら)らが「一日研究員」として在廊予定だ。 Photo: Naomi宮田篤 取材中、筆者も「微分帖」を体験してみた。初対面の宮田と雑談しながら、まずは思いついた一文を、2つ折りにした紙のそれぞれのページに色鉛筆で書く。それを互いに交換したら、2つ折りの紙を1枚増やし、相手の考えた一文を膨らませるように、途中に言葉を足す。すると、紙2枚で8ページの「微分帖」2冊それぞれに、2人で共作した文章が完成した。 ほんの5分程度の即興的な創作だったが、新鮮かつとても楽しい体験だった。 Photo: Naomi筆者と宮田で交換して制作した「微分帖」。展示室に収蔵されている 書を展示している関口は、埼玉県川口市のアトリエとギャラリー「工房集(しゅう)」で活動していた作家だ。 日常会話からひらめいた言葉や、映画やテレビから見聞きした言葉、自身の中から湧き出てきた言葉などを、和紙に筆で書き連ねた作品は、柔らかな文字と言葉選びのセンスが印象的だった。じっくりと読み進めていると、何度もハッとさせられ、自分でも何か言葉を書き留めたくなるだろう。 Photo: Naomi関口忠司の書の作品群(2009~2018年) 原田郁は、2008年末からコンピューター上に「inner space」と呼ぶ仮想世界を作り、アップデートとアーカイブを続ける作品を展開している作家だ。また、その中で目にした風景を、アクリル絵の具で描いた平面作品なども制作している。 Ph
和歌や「源氏物語」「竹取物語」など古典の名作を描いたやまと絵の世界を六本木で

和歌や「源氏物語」「竹取物語」など古典の名作を描いたやまと絵の世界を六本木で

古来語り読み継がれてきた物語や和歌などをもとに、桃山から明治時代にかけて描かれた絵巻や屏風(びょうぶ)絵を紹介する企画展「歌と物語の絵 ― 雅やかなやまと絵の世界」が、六本木一丁目の「泉屋博古館東京」で、2024年7月21日(日)まで開催されている。 今から約1200年前の平安時代に、宮廷や社寺の一級の絵師が、貴人の美意識に寄り添い描いた「やまと絵」。中国で描かれていた「唐絵(からえ)」に対する絵画として生まれ、さまざまな風景や季節の風物を、精細な描写や典雅な色彩などで表現した。その様式を継承し描かれたのが、のちの物語絵や歌絵と呼ばれる作品群だ。 Photo : Keisuke Tanigawa やまと絵は、その時代ごとに親しまれた画風を取り入れることで変化し続けながら、近代にも、そして現代でもなお描き継がれている。 本展では、同館が所蔵する住友家のコレクションから、「源氏物語」「竹取物語」「伊勢物語」など、古典の数々を題材に、近世から近代にかけて描かれたえりすぐりの作品群を展示している。 Photo : Keisuke Tanigawa 和歌から連想し描かれた歌絵の豊かな世界 3つのテーマで構成された本展の冒頭では、和歌と歌絵の相互作用から生まれた豊かな創作の世界を、「うたうたう絵」として紹介している。 平安時代中期の歌人・藤原公任(ふじわらのきんとう)によって選ばれた、奈良・平安時代の優れた歌人たちである「三十六歌仙」。江戸時代に書の名人として知られた松花堂昭乗(しょうかどう・しょうじょう)が手がけた「三十六歌仙書画帖(さんじゅうろっかせんしょがじょう)」は、散らし書きの歌はもちろん、料紙まで優美な作品だ。 Photo : Keisuke Tanigawa松花堂昭乗「三十六歌仙書画帖(部分)」、江戸・元和2(1616)年、泉屋博古館 蔵 また、「三十六歌仙」を描いた作品といえば、鎌倉時代に描かれた「佐竹本(さたけぼん)」と呼ばれる絵巻物がよく知られるが、本展では、同じ鎌倉時代の作ながらほとんど現存しない「上畳本(あげだたみぼん)」から掛軸装の作品が展示されている。描かれている藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)は、紫式部の祖父に当たる人物だ。 Photo : Keisuke Tanigawa重要文化財「上畳本三十六歌仙絵切 藤原兼輔」、鎌倉時代(13世紀)、泉屋博古館 蔵 別の展示室には、江戸時代前期に活躍した狩野派の絵師・狩野常信(かのう・つねのぶ)が描いた紫式部の掛け軸も展示されている。非常に繊細な描写が美しい名品なので、ぜひ併せて鑑賞してほしい。 Photo : Keisuke Tanigawa狩野常信「紫式部観月図(部分)」、江戸時代(18世紀)、泉屋博古館 蔵 住友家に伝来する絢爛豪華な屏風絵の数々 季節や催し事などに合わせ、住友家の広い邸宅を華やかに飾ってきた屛風絵。本展には、大切に守り伝えられてきた屏風絵の優品も数多く展示されている。 Photo : Keisuke Tanigawa伝土佐広周(とさ・ひろちか)「柳橋柴舟図屏風(りゅうきょうしばふねずびょうぶ)」、江戸時代(17世紀)、泉屋博古館 蔵 いずれも主役級と言えるような、見ごたえのある作品ばかりが並んでおり、描かれている題材も多種多様だ。古来から数々の和歌で繰り返し詠まれた地名「歌枕」や、「三大物語屏風」である「伊勢物語」「源氏物語」「平家物語」の名場面だけを、宗達派の絵師たちが描いた作品群など、ここまでの名品を揃って鑑賞できる機会はそうそうないだろう