1989年生まれ。
ファッションフォトに憧れて美術大学で学ぶ。在学中に現代アートの面白さに触れて以降、国内外のアートを見てまわる。好物はトマト。「来たことない国に来た」つもりで近所を散歩をするといつもと違う景色が見えるのでおすすめ。

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能楽にインスピレーションを得た展覧会「ケからZ ー能楽、風景、観光ー」が東中野で開催中

能楽にインスピレーションを得た展覧会「ケからZ ー能楽、風景、観光ー」が東中野で開催中

中野といえば「サブカルの聖地」、またはディープな飲み屋街として有名だが、隣の東中野から南へ足を延ばすせば、閑静な住宅街が広がっている。その住宅街に能楽堂があることを知っているだろうか。東中野と中野坂上の中間に、「梅若能楽学院会館」はある。 隣接するカフェバー「なかなかの」では、能の鑑賞体験にインスピレーションを受けて企画された展覧会「ケからZ ー能楽、風景、観光ー」が2024年9月14日(土)まで開催中だ。「能楽」と聞いて身構える必要は全くない。会場で手渡されるハンドアウトのテキストには、こうある。 Photo: cnmn 「能は、現実世界と同じように、目の前で起こっていることを様々な観点から愉しみ、眺めることができます。能は上演開始の合図などが明確にあるわけではなく、お調べから徐々に演者が出揃い、おだやかに始まります。これは上演される世界と、わたしたちが生きる日常世界が、実は地続きであるということを示しています。コップの中の炭酸の気泡を眺めること、回っている洗濯機の中をずっと見ること、散歩している時に移ろっていく景色を見ること、森の中で木がざわざわしているのを眺めることと同じように、能を観た時に感じるもの、思い浮かべることは自由でいいのです」(原文ママ) 能は「この世ならざるものと出会う芸能である」といわれている。この世ならざるものが現れる世界は私たちの日常とつながっていて、自由に観て感じてよい。では、これを東中野という街に適用してみよう、という試みだ。 Photo: cnmn 展覧会は、4人のディレクターと3人のコラボレーターによるツアー、および記録展示によって構成されている。ここではコラボレーターの一人、速水一樹(はやみず・かずき)による作品『Chill bomb』と、そのツアー「山手通りの夜景をちょっとだけ高みから眺めてみる」を紹介したい。 速水は1996年生まれ。ルールや偶然性を表現に取り入れ、「遊び」の要素をもってして様々な空間に展開する作品を制作している。日常の中で見つけた物や空間が持つ秩序に、表現手段としての人為が介入することで立ち現れる「かたち」としての面白さを追求しているアーティストだ。 Photo: cnmn 展示作品『Chill bomb』は、文字通り「チル」するための装置だ。プールの監視台やテニスの審判台のような高さに設けられた椅子に、祭りの山車からヒントを得たキャスターや担ぎ棒が付いている。これを観たい景色のある地点まで運び、腰掛けて景色を眺める。期間中の展示はそのチルの記録を読み解いて行く形式だが、ツアーでは実際に『Chill bomb』を動かし、座って街を眺めることができた。 2メートル近く高さのある造作のため、動かすために最低でも5人は必要だ。まさに山車のように、参加者で協力してチルポイントまで運んで行く。ただキャスター付きの高い椅子を押して運ぶだけなのだが、それなりにボリュームがあり、動かすのにもコツがいる。そして、協力しながらでないと運べないとなると、次第に生まれてくるのが連帯感だ。何だか高揚感も湧いてくる。 Photo: cnmn 最初は自分の座る順番が来ても遠慮がちに早々と降りていたのが、後半になるにつれツアー参加者とも何となく信頼関係もでき、椅子の上で飲み物を飲んでしっかり休憩できるようになってくる。 椅子の上からは、坂道だったこともあって東京の街並みが遠くまでよく見渡せる。だがそれよりも、椅子を降りてから気付かされる視線の違いに驚く。生い茂る植栽や、中央分離帯が目に飛び込んでくる。「こ
10年ぶりの国内個展、島袋道浩「音楽が聞こえてきた」が9月23日まで開催中

10年ぶりの国内個展、島袋道浩「音楽が聞こえてきた」が9月23日まで開催中

作品の舞台となる場所や事柄に、ユーモアを持って関わっていくアーティスト・島袋道浩(しまぶく・みちひろ)。何の変哲もなさそうな風景から、生き生きとしたストーリーが見えてくる。そんな島袋の作品を紹介する展覧会「音楽が聞こえてきた」が横浜・新高島駅直結の「BankART Station」で開催されている。ひとたび作品を体験してしまったなら、帰り道までもがきっと楽しくなるはずだ。 島袋はベルリンで長く活動していたため、国内での個展は10年ぶりとなる。島袋作品と筆者の出会いもちょうどそのころだ。段ボール箱が自分の「人生」ならぬ「箱生」を関西弁で語る『箱に生まれて』(2001年)を見て、現代アートにこんな楽しい作品があるのかと、美大生ながら衝撃を受けた記憶がある。 Photo: cnmn『音楽家の小杉武久さんと能登へ行く(見附島)』(2013年) 本展に出品されているのは、展覧会タイトルの通り、音楽にあふれた作品たちだ。これまで島袋は、野村誠や小杉武久、アート・リンゼイ(Arto Lindsay)など、多くの音楽家とコラボレーションを行ってきた。本展では、通路やカフェなども使い、音と映像を中心とした作品13点を展示している。ここでは特に、『ヘペンチスタのペネイラ・エ・ソンニャドールにタコの作品のリミックスをお願いした』(2006年)を紹介したい。 「ヘペンチスタ」というのは、即興で詩を歌うブラジルの吟遊詩人のことだそうだ。吟遊詩人というと、しっとりとロマンチックに歌い上げるイメージがあるが、このヘペンチスタは違う。体が思わず動いてしまうようなリズムで、ノリノリで歌ってくれるのである。本作は、タイトルの通り、そのヘペンチスタに島袋自身による「タコの作品」についてリミックスを依頼したものだ。 「タコの作品」とは、『そしてタコに東京観光を贈ることにした』(2000年)と『自分で作ったタコ壷でタコを捕る』(2003年)の2作品のことで、こちらもタイトルそのままの行動が映像に収められている。そう聞くと「それが何になるんだよ」と思うかもしれない。その通り、何にもならずに、最初のタコはすぐに死んでしまうし、捕まえたタコもそこにいた人々に紹介(?)したら海に返すだけだ。 それでも、映像の中の島袋は、タコとの出会いを喜び、別れを惜しんでいるようにさえ見える。つまり、とても楽しそうなのだ。「ああ、タコか」と何の感慨も持たず流すのか、「おお!タコだ!」と素直な感動を受け入れるのか。「おお!タコだ!」と思うことの楽しさを教えてくれる作品たちだ。 Photo: cnmn『ヘペンチスタのペネイラ・エ・ソンニャドールにタコの作品のリミックスをお願いした』(2006年) ヘペンチスタの作品に戻ると、肝心のリミックスではディスコミュニケーションがあちこちで発生している。「SHIMABUKUはすごい漁師だ」とか。タコを捕っているとなれば漁師に見えるのも仕方ないが。でも、それでもいいのだきっと。一般的に、コミュニケーションに必要とされるような相互理解ということは、ここでは求められていない。何かポジティブな感情を交換するとか、差し出すとか、勝手に受け取るとか、そういうことが大事なのだろう。 島袋が本展の作品で取り組んでいる「音楽」というものも、そういうものなのかもしれない。たとえば、雨音とのセッション。たまたまそこにあるリズムと演奏を合わせてみる。たまたま出会った遠い異国のリズムに踊り出したくなる――。 Photo: cnmn『キューバのサンバ』(2015年) 目の前にあるのに見えてい