joker
Niko Tavernise

レビュー

ジョーカー

5 5 つ星中
  • 映画
  • お勧め
Phil de Semlyen
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タイムアウトレビュー

「笑い声に心を奪われる」。ホアキン・フェニックスの鳥が鳴くような、やすりで削るような笑い声は、ハゲタカの心を静めてくれるようなありったけの優しさをミキサーでかき混ぜたようだ。その笑い声は、最後まで頭の中で響き続ける。本作は、成熟した資本主義を映す悪夢のようなビジョンであり、社会的な意味を持つホラー映画として、おそらく映画『ゲット・アウト』以来最高の出来だろう。ジョーカー役としてのホアキン・フェニックスは、ヒース・レジャーにもほぼ匹敵するほどだ。

本作のジョーカーは完成されたキャラクターではなく、主人公のアーサー・フレックは、コメディアンとして一本立ちしたいという夢と、ゴッサム・シティの薄汚い街中での雇われピエロとしての生活との間で葛藤している。映画の演出から見ると舞台は1981年だが、作品の雰囲気は1970年代の映画『狼よさらば』に近い。主人公は病弱な母(フランシス・コンロイ)と安アパートで暮らし、マーレイ・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)がベタなセンスで司会するテレビのチャットショーに、唯一の楽しみを見いだしている。彼は薬を7種類も服用しており、神経質な状態で、時には狂ったような様子になるのだ。

作品冒頭の家庭内のシーンで、フェニックスはアーサーという人物を、敗残者というよりも、安楽死を待つだけの野良犬のような人物として確立させている。「もうひどい気分になりたくないだけなんだ」と彼は言う。彼が住んでいるのは、色彩も喜びも枯れ果ててしまったような場所で、「スーパーラット」でさえも、たまったゴミの間を通り抜けることができないようなところなのだ。監督のトッド・フィリップス(映画『アダルト♂スクール』)は、「状況が悪すぎる場所」という雰囲気を描写するのに非常に優れた仕事をしている。そこでは人々は自分の殻に閉じこもり、自分勝手にふるまっている。

アーサーがついに弾けてしまうときには、3人の銀行員が登場する、通過するトンネルにうまくストロボ効果を出した、緊張感あふれる地下鉄のシーンだ。その場面は短く、血にまみれ、危険な結果をもたらす。映画『Vフォー・ヴェンデッタ』でのガイ・フォークスのマスクのように、アーサーのピエロのメイクは抗議の表現としての意味を持ち、そして彼がジョーカーのペルソナへと変容していくとともに、彼自身も怒れる群衆の先頭に立っていくのだ。ゴッサムの有力者、トーマス・ウェイン(ブレット・カレン)はドナルド・トランプとの共通性を持っている。一方ジョーカーは、どう見ても偶然生まれたポピュリストに過ぎないのではないだろうか?

映画の政治的な面はやや不透明としても、本作は黒と白の確実性の世界で展開する作品ではない。また、原作コミックのようにも感じられない。心理的なディテールは丹念に描かれており、情報は、見せびらかすことなく着実に積み重ねられている。フィリップスと彼の共作者であるスコット・シルバー(映画『エイトマイル』)の脚本は、観客の意表を突くように多大な労力を払っており、作品の主人公の頭の中に存在している。

本作は、DCユニバースにまつわるストーリーも巧みに操作している。ここでの鍵となる人物はウェイン・シニアだ。彼はフレックの母親の以前の雇用主であり、尊大な自己礼賛者だ。バットマンの熱心なファンは、ブルースの父親がこうして資本主義の性質の悪い代弁者として描かれていることに、動揺するかもしれない。しかし、実際には、『ジョーカー』はDCユニバースの中であまり多くの変更を行おうとはしていない。先の展開はどうなるだろう? ジョーカーはまだロバート・パティンソンのバットマンと戦うことになるかもしれない。そうなるとしたら、今回の作品から判断して、その戦いは激しく過酷なものになるだろう。

原文: PHIL DE SEMLYEN

2019年10月4日(金)TOHOシネマズほか全国公開

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リリースの詳細

  • 上映時間:120 分

出演者と制作者

  • 監督:Todd Phillips
  • 脚本:Scott Silver, Todd Phillips
  • 出演:
    • Joaquin Phoenix
    • Marc Maron
    • Robert De Niro
    • Zazie Beetz
    • Brian Tyree Henry
    • Bill Camp
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